早老症という病気の一種にHutchinson-Gilford progeria syndrome (HGPS)というのがある。全世界でも50人程度の患者しかいないと考えられている極めて稀な遺伝性の疾患である。この病気および治療に関する研究は現在も精力的に続けられているが、大変興味深い展開をしてきた。
米国在住の医師LG さんはお子さんがHGPSであると診断されて以来、自ら財団を設立し、議会に働きかけ、HGPSの研究に最高の研究者が携わるようロビー活動を展開した。当時はゲノムプロジェクトに多額の予算がついていたこともあって、NIHのゲノム研究の大ボスのF.Collin'sのLabで原因遺伝子が特定された。彼らの研究により、HGPSの患者さんでは細胞の核膜を作るLaminAという遺伝子に変異があることが明らかになった。たんぱく質は細胞内で加工されることによって、特定の場所に輸送されたり、機能を発揮するわけであるが、HGPSの患者さんではLaminAの分解がうまくいかなくなり、正常Laminが作れず、核膜の構築がうまくいかない。LaminAの分解にはFTとZMPSTE24の二つの酵素が重要であることから、試験管内でそれぞれの酵素を抑制する実験がその後行われた。
癌の進行にもFTの関与が示されており、FTの抑制剤(FTI)が既に開発されていたのは幸運であった。FTIは抗がん剤としてはまったく期待はずれであったが、ほとんど副作用がないことから、HGPSの治療薬として期待が高まるところである。FTIは核膜の構造をrestoreすることが報告されているが、HGPSの患者さんは心臓発作で亡くなることから、治療効果に関するデータが揃うのはもうしばらく先になるのかもしれない。
Scienceとして興味深いのは細胞の運動やシグナルトランスダクションに重要なRasがきわめてオオソドックスな細胞骨格分子Laminと同じ酵素の基質になるところである。ある種のたんぱく質は同じのりを使って核膜にくっつくのだ!
製薬会社は世界で50人の患者さんしかいない病気のために薬の開発はしないだろうから、こうしたプロジェクトにおいてよい治療法が開発されるとしたら、みんな勇気づけられる。少なくと既に原因は突き止められたのだから。